〈約束の楽園〉

 十三歳の誕生日、少年は自宅の卓子テーブルでアップルパイを頬張っていた。家は誰もいないかのように静かだ。半分ほどパイを食べ終えたところで、少年はアラベスク模様のテーブルクロスに落ちた食べ滓を拭き払い、立ち上がった。
 この家は祖母と母、歳の離れた三人の姉と、彼以外は女ばかりが住んでいる。だから調度品は女らしい趣味のものばかりで、少年はしばしば居心地が悪かった。祖母と母がとくにアラベスク模様を好んで、窗幕カーテンや壁紙、絨毯、陶器など至るところに似て非なる壮麗な唐草模様がある。それは西洋風というより、もはやイスラム美術めいた稠密さで見る者に眩暈を起こさせた。
 少年はアップルパイの残り(もちろん、それを載せた皿はアラベスクで縁どられている)とホットミルクをトレイに載せて自室へ持って行った。少年の室だけは淡い縦縞ストライプの壁紙で、窗幕にも絨毯にも模様はなく、自分の居場処という感じがした。少年は木の机に向かって坐ると、友人から借りた本を読み始めた。
 中学に上がったばかりの少年としては少し気恥ずかしい、子ども向けの冒険譚だった。翻訳ものである。実は以前は自分でも所蔵していたが、ある日自分にはもう必要ないと思って棄ててしまった。だが中学に上がってしばらくしたある日、級友が誰にも恥じるところのない容子で教室でその本を読んでいるのを見ていたく後悔した。彼に話しかけてみたところ、その本にはさらに続篇まで出ていると知り、それから二冊とも貸してもらったのだった。
 一人の船長と九人の少年が乗る空飛ぶ船の物語。彼らは〈約束の楽園〉を目ざし、航海ならぬ航空の旅のなかで様ざまな困難に出遭う(空の海賊と闘ったり、竜と争ったのち和平を結ぶこともあった)。だが実のところ、少年が惹かれたのはそういった活劇めいた部分より、その合間に書かれる遙かな空の描写、特に星々の描写だった。愉快な冒険のあいだに著者が挿しこんだそれらの情景は妙に物悲しく、少年の心をいっそう遠くへ連れて行った。薄明のあえかな空の色、銀色に瞬くかそけき星々の孤高は作中の少年たちの心の無垢さや高潔さとも呼応していて、それを読む少年は自分もこのような心を持つことができるだろうか、大人になるまでに一瞬でも彼らに近づけるだろうか、と改めて考えこむのだった。

 飲むのも忘れていたホットミルクがすっかり冷めたころ、不意にノックの音がして、少年が返事をするまえに末の姉が入ってきた。シャンプーだか化粧品だか、女らしい匂いがぷんと鼻先を掠める。
 「これ、誕生日。」プレゼント、というのを省略して、姉はレースに包まれた華美な服装とは裏腹なぞんざいな手つきで一冊の本を突き出した。今まさに少年が読んでいる本の、続篇だった。
 「このシリーズ、好きだったでしょ。」だが、少年の机に置いてあるもう一冊を見て肩を竦める。「あら、もう持ってたんだ。」
 「いや、これは友だちに借りてるだけだから。……憶えてくれてて、ありがとう。」
 「この作家さん、亡くなったって今日ニュースがあったわね。」
 「え。」
 姉は気まずい表情かおをした。「知らなかったの。……海外の話だから詳細がよくわからないんだけど、何日かまえに亡くなったみたい。」
 後日少年は自分で調べて、それが自殺であると知ることになる。
 「その人、ファーストネームを頭文字だけにして性別を隠してたらしいけど、女性だったのね。」
 「そうだったんだ。それも、知らなかった。」
 「しかも、まだ小さいお子さんが二人いるそうよ。……そのシリーズの最後の一巻、これから出版されるらしいわ。」
 姉が室を出て行っても、しばらくその場には姉の匂いが残った。姉の、女の匂い。慣れ親しんだ書物の作者の死。その人もまた女性であったということ。そのわずかなものたちの積み重ねだけで、少年は再び書物に集中することができなくなった。
 女性の匂いは、なぜか少年に死の不安をもたらす。今まで実際に亡くしたのは祖父と父だけなのに。それを理由に女性を忌避するつもりはなかったが、受験して入った男子校では想像以上にほっとして羽を伸ばすことができた。そして男子校での過ごしやすさを実感すれるのに反比例して、自宅は居心地が悪くなった。
 色々なことがぐるぐると脳裡を巡ったが、少年はまた本を手にとった。しかしもう、以前と同じ気持ちでは読めなくなっていた。

 

 冒険譚の第一巻は、希望に満ちた冒険の続きを示唆するように空の場面で終わる。
 第二巻は、船に不具合が発生しある島に不時着するところで始まった。
 生い茂る草花のアラベスク
 そこにはもう、澄んだ空の描写はほとんどない。少年たちは毎日のように密林のなかでさまざまな葛藤を強いられる。血沸き肉躍るような冒険もあるが、どこか取ってつけたような印象である。特に原住民との交流の場面は、白人の植民地時代への反省をわざとらしく示すものとしか思えなかった。
 少年を圧倒したのは、植物の描写だった。どこまでも増殖する蔓草。人を惑わす花の匂い。洞窟のような暗闇を作り上げる鬱蒼とした樹々。
 まるで、この家のようだ。
 作者が女性であること、自殺したことを気にしすぎているのは解っている。それでも少年は、この不時着の物語、濃密な植物の物語になにかその「兆候」が伺えないか、気づけば考えこんでしまうのだった。
 物語の最後、船はふたたび空へ発った。まばゆい太陽のほうに向かって、どこまでも。

 

 けっきょく、最終巻はすぐには出版されなかった。これを世に出すことを著者本人が遺書でためらっていたこと、遺族の意向などのためだった。おそらく読者への影響を懸念してのことだったろう。
 最終巻が出たのは八年後で、大学生となったかつての少年が二十一の誕生日を迎えるころだった。邦訳がいつ出るかも判らず、一、二巻の原書を疾うに読破していた英文学科の彼は迷わずその第三巻を註文した。それはちょうど誕生日に届いた。
 いつかのように、アップルパイを傍らに置いて頁を開く。
 物語は、少年たちの死で幕を閉じた。しかし彼らはそれでようやく〈約束の楽園〉へ到達する。
 当然ながら、本国ではすでに厳しい批判が多かった。既存作品(「ナルニア国物語」が筆頭だった)の二番煎じだとも時代遅れだとも、子ども向けのレーベルから出すべきではないとも云われていてた。かつての愛読者の一部さえ失望を露わにした。
 ――本を閉じ、そんなことは著者がいちばん解っていたはずだ、と彼は思う。最近公開された遺書の一部からそれは瞭らかだった。
 「迷いはある。それでもわたしは、この物語の結末がわたし以外の誰かの救いになると信じている。」
 彼はもう、自宅のアラベスク模様を以前のようには恐れない。
 人はいつか死ぬものだ。
 美しいものを過剰なまでに蔓延はびこらせて生を守ろうとするこころ。そうして生きながら、人は死ぬ準備をする。世界の醜さに対しては、女性のほうがきっと男性よりも脆弱で、だからしばしば過剰防衛するのではないか。そしてより繊細な者ほど醜さから目を背けることができず、苦しむのではないか――と彼は想像する。
 彼の女家族はいたって健康に生きている。同じ女性だからと一括りにできるはずもないが、彼女たちとこの作家の違いは何なのかと考えることがある。防衛して生き残ることができる者と、諦めざるを得なかった者。
 彼はまた、己の少年時代を振り返る。この物語の少年たちのようにずっと無垢でいられたわけではないし、まして高潔に振る舞うことなどできなかった。それでも、空を、星を、生い茂る植物さえもを美しいと思うとき、彼は必ずこの物語を思い出していた。
 少年たちの死は、生身の人間には近づけないあまりの無垢、永遠の幼心の代償だった。
 彼らは読者の代わりに先に死んで見せ、より善く生きるための死ぬ準備をさせるのだ。
 「……ぼくは救われましたよ。」
 かつての少年はそっと本の表紙を撫で、睛を閉じた。